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ホロシンクの歴史


センターポイント研究所は1989年の秋に設立されましたが、設立当初は小さな会社でした。ビル・ハリスとウェス・ウェイトは長い間瞑想と自己啓発に興味を持っていて、2人は会社設立前、およそ4年間に渡り、少数の友達と、オーディオ・テクノロジーの効果を体験し、調査を行っていました。このテクノロジーはセンターポイントのホロシンク・ソルーション・プログラムの前身でした。

ある一定のトーンを聞くと精神状態に変化が起こることについては、ニューヨークにあるシナイ山医療センターのジェラルド・オスター博士が1973年にScientific American誌に論文を載せています。脳内のオーディトリー・ビープというこの論文でオスターはある周波数を聞くことによる、脳の周波数追従反応という特性を述べています。

ハリスとウェイトは長期に渡りマハリシが考案した超越瞑想を行っていたので、1970年代にTMの機関及びその他の機関が実施した調査、特定の脳波や、スーパーラーニング、集中力の増大、創造性の増大などが瞑想と関係があることを知っていました。

4年間に渡る調査に関わったメンバーは皆、深い精神的、情緒的、スピリチュアルで個人的な変化を経験しました。この変化を確信したハリスとウェイトはホロシンク・テクノロジーを用いて系統だったプログラムを開発することを決心し、1989年に一般向けにマーケティングを開始しました。地元の大学から借りた電気的なトーン・ジェネレーターと周波数カウンターを使用し、12のプログラムレベルを録音したマスター・テープが作成されたのです。上のレベルに行くに従い、前のレベルよりもパワフルなテープが作成されました。

プログラム作成の基となるアイデアは、ハイテックな方法を用いて、従来ならば、長期に渡り一日に何時間も瞑想に費やすことを厭わない少数の人が経験するに値する、深い瞑想の経験を作り出すことでした。又、瞑想者がトランス状態に近い変性意識に到達し、アフォリズム、マントラ、アファメーション、又は祈りによって、潜在意識を再プログラムするという状態を作り出すことでもありました。プログラムの2番目のレベルから、一人一人違うサブリミナル・アファメーションを自分の声で録音したものをカスタムメイドします。    

結果は著しいもので、プログラム参加者のフィードバックは非常にポジティブなものでした。参加者は瞑想の実践による、ドラマチックで非常にポジティブな結果を報告してくれました。10年、15年間の従来の方法による瞑想の結果よりも、センターポイントのプログラムを使って一年間瞑想したほうが、変化があったという例も見られました。

参加者が経験する飛躍的な変化、進化とチャレンジを助けるため、フォローアップ・サポートレターが送られ、従来の瞑想と初期の頃に調査グループが体験した実際的な経験、及び伝統的な瞑想に関する情報を手に入れることができます。ニュースレターは参加者に共通の経験と効果、急速な変化と経験をスムーズなものにする為に、どのようにそれに対処したらよいかをアドバイスしています。これらのサポート・レターは最初のプログラムの6ヶ月間に渡って、2週間ごとに参加者に郵送で送られます。  その他、参加者には長年に渡り、色々な話題のスペシャル・レポートも送っています。    

最初、会社はビル・ハリスのキッチンからスタートしました。借りものの機械をキッチンに設置し、参加者の名前が小さなレシピ箱の中に入っていました。会社が大きくなるに従い、コンピューターと録音機材が徐に増えていきました。

1990年にセンターポイント研究所はオレゴン州に正式に会社を設立。設立後ウェイトは会社をビル・ハリスに売り、会社を去りました。センターポイントは New Age Journal, Psychology Today, Yoga Journal, そしてOmniなどの雑誌の一ページに広告を載せ始め、拡張していきました。最初の4年間は、年間の売り上げが400%の率で上昇し、6大陸30国に渡る人々がプログラムに参加しました。

1990年から1993年の間、ノーベル賞受賞者イリヤ・プリゴジンのどのように複雑なシステムがより複雑なレベルに進化するかという科学的な論証によりホロシンク・テクノロジーの効果を説明することが可能になりました。プリゴジンの研究は何故(どのように)ホロシンクがそれを使う人に、このようなとても深い変化をもたらすことができるのかという説明をしています。それ以来この新しいパラダイムのおかげで、参加者にとってホロシンクがますます価値と意義があるものになりました。プリゴジンの理論はセンターポイントのサポート用の文献に組み込まれています。(このHPの西洋と東洋の出会いの記事を読んでみて下さい。)

1992年プリゴジンの業績にインスピレーションを受け、ビル・ハリスは彼の本を最初に出版しました。進化に伴う変化のマネージメントという本で、センターポイントの第2のレベルで全ての参加者に与えられます。進化のマネージメントはサポートレターに掲載してある内容を広げたものでプログラムを続けて行く際に参照本としての役割を果たしています。    

1993年ベストセラーになった意識変容のテクノロジーについて明確に示したメガブレインの著者、マイケル・ハッチソンはビル・ハリスをオリバー・バッド・ローリーに紹介しました。ローリーは防衛庁のために開発したテクノロジーの特許を得ていましたが、この特許は音声によるメッセージが高い周波数を持つUHFでコード化され、耳と脳が無意識のレベルで、コードを解読することができるサブリミナルと呼ばれているテクノロジーです。サブリミナル・テクノロジーは、参加者一人一人がアファメーションを録音する、というカスタムメイドの方法でセンターポイントのプログラムを市場に出すシステムを画期的に向上させてくれました。2003年にはセンターポイントはAutofonixTM というテクノロジーを開発し、サイレント・アファメーションを届けることになりました。

1994年、センターポイントはプログラムの一部として、3つの新しいサウンドトラックを導入しました。イマージョン1.5、イマージョン0.5、イマージョン0.3です。これらのサウンドトラックは参加者の脳波をデルタ波の一番低い領域に誘導します。世界中の何千人の参加者のフィードバックによると、この領域で最も大きな進化の変化が起こります。

1996年、センターポイントは最初のリトリートを開催しました。参加者は4つの大陸から 5日間に渡る、有益な話を聴き、ホロシンクサウンドテクノロジーの集中瞑想を行い、美しい景色やおいしい食べ物を楽しむ為、そして仲間を募るためにオレゴンに集まりました。リトリートは非常な成功を収めたので2回目のリトリートが1997年に開かれ、以来、毎年、センターポイントのリトリートには世界中から参加者が集まってきています。   

1997年に次の主なプログラムの変化が起こりました。センターポイントが3Dレコーディングのプロセスをカスタムレベルのサウンドトラックに用いるようになったのです。3Dレコードは従来のステレオで録音されている音を聴いている時の副作用としてのストレスを軽減してくれました。このため、このプログラムのパワーが40%ほどアップしました。

又1997年に、センターポイントは雑誌での広告キャンペーンの代わりに他の自己啓発の主なフィールド、Tools for Exploration, Learning Strategies Corporation, Gateways Mind Tools, Jalmar Press, Synetic Systems Internationalその他と一緒にジョイント・ベンチャーを開始しました。センターポイントはこのパワフルなツールを世界中に広める為に常にジョイント・ベンチャーのパートナーを探しています。1997年にホームページが製作され、ホームページからの申し込みも増えています。

1997年までにはプログラムは非常に成功し、参加者は60カ国何千人にも及ぶようになり、会社の規模を拡張しなければならなくなりました。建物が購入され、改装され、スタッフの数は倍になり、1997年の10月に移転しました。同時に世界中からのカスタムメイドの注文があふれた為、録音スタジオの規模も3倍になりました。    

初期の頃の台所のテーブルを使って仕事をしていた当時を振り返ってみると、センターポイントは随分発展したと思います。これも全て皆さんのおかげと、我々は全世界にいる沢山のセンターポイントの参加者に 感謝しております。

これは終わりのない物語です。新しい開発と共に又新しい冒険物語のページが加えられていきます。あなたがもうすでにセンターポイントのプログラムの参加者であるなら、サポートに感謝いたします。まだプログラムに参加されていないならば、これを機会にぜひプログラムに参加され、ホロシンク・テクノロジーがどんなに驚異的なものであるか実際に経験されることをお勧めいたします。そしてホロシンクによる人生の変容を体験されることを願っています。